昨今、複数の書籍を同時併行的に読むことが多くなっています。
未だ未だ知りたい事柄、読み解きたい話しが多いものの、どこまでの持ち時間が有るものか・・・ということかも知れません。
安保法制の問題が姦しい此の頃ですが、人は、幾つかの物の見方、価値観が有るというときに、ともかく先ず選び取ったものに、とかく最後の最期まで固執するもののようであります。
読んでいる本のうち二冊の中に、大倉喜八郎(注1)という人物が登場します。
2015年2月講談社発行の瀬川拓郎著「アイヌ学入門」にては、北海道旭川の師団用地に隣接する先住民アイヌの給与地を明治24(1891~)年ころに騙し取った悪徳商人として(同書283頁)。
また、2015年3月祥伝社発行の中野 明著「幻の五大美術館と明治の実業家たち」の中では、大正7(1918)年に美術コレクションを一般に公開する美術館「大倉集古館」を作った文化の貢献者として(同書10頁)。
一方で、刑事裁判、刑事弁護における弁護人の活動について、論理ではなく、事実で以て、真摯に検察官と対峙しなければ、その責めは果たされないとの新聞の最近の報道記事を読み、何を今更・・・と思いつつも、人を評価するときに、事実を如何に精確に把握することが大切か、レッテルを貼って判断停止に陥っているのではないか・・・と自らを顧みてもおります。
秋の連休中に、北関東へ又々出向きました。
益子を訪れ、濱田庄司(注2)旧居の建物を移した先の「益子陶芸美術館」に入りました。
前回春に、「濱田庄司記念益子参考館」を訪ねたところ、ビデオ映像や、南西諸島の骨蔵器が屋外に無雑作に放置(?)されているのを見て、好感が持てなかったのですが、改めて故人の事績と冷静に向き合うことが肝要と心を新たにしました。
もっとも、以前から、河井寛次郎(注3)を第一と考えていることからの、眇であったのかも知れませんが。