2016年4月26日火曜日

弁護士らしい話し(其の16)

漢文と法条文について
 
1、論語について
 渋沢栄一の名著「論語と算盤」を読みました。これを読む気になったキッカケは、渡辺京二著「黒船前夜」の中に、ロシアのゴロウニンと応接(その当時の実態は、「取り調べ」)をした松前奉行の教養、価値観について、その普遍性は、論語、儒教が基礎となっていたと評価されていたことによります。

 これらは何れも名著でした。目からウロコです。
 その繋がりから、この「論語と算盤」の解説を施している「二畳庵主人 加地伸行」という人物の本を読むことにしました。題して「漢文法基礎本当にわかる漢文入門」(講談社学術文庫)(全603頁)。
 すると、この本は、1984(昭和59)年以前に増進会出版社から刊行されていたことを知り、増進会出版社→Z会のものであることが分かりました。その設立は、1960(昭和35)年とのこと。
 団塊の世代には、真に懐しい響きのある「Z会」。
 今もって、その正体が十分に理解出来ている訳ではありませんが。
 そして、結局、加地伸行「論語 増補版」(講談社学術文庫)(全544頁)も読み直すことにしました。

2、漢文について
 1972(昭和47)年の日中共同声明以降、戦後の対中国政策は漸く転換しましたが、その頃、1960年代後半から「漢文」教育において、今から振り返ると大きな潮目があったようで、当時の高校教育における漢文の在り方は揺れ動いていたようで、どうも今思えば甚だ中途半端な教え方しかされていなかったようです。
「訓読」。漢文を日本語の文法に従って読むことが是か否か・・・踏韻を日本語の読みで教えられるのか・・・

 その一方で、江戸漢詩という日本文学をどのように捉え、評価するべきか・・・
 国語教師、漢文教師にとっては、冬の時代であったようです。
 これら錯綜していたであろう頃合に、加地氏は、文字通り勇猛果敢に活躍しておられたことを今に至り漸く知るに至りました。どこか懐しいZ会。
 漢文⇔日本文、時として、英文法、英語の表現とも比較・・・
 言語、表現の持つ意味を見事に解析して呉れています。希れに見る名著です。そして、このような名著が世に出たのが197080年代であった、というのが大いに面白いところです。

 ところで、「漢文」という言葉を改めて広辞苑で引くと、次のよう。①中国古来の文章・文学。現代中国語文に対していう。②わが国で、①にならって書いた、漢字だけの文章。変体漢文を含んでもいう。
 そして、この「漢文」を日本語の文法にしたがってよむことを「訓読」。
 であってみれば、「訓読」は、中国語から日本語への飜訳でもあることになります。

3、法条文について
 現行の民法(明治29年法律第89号)は、平成16年、17年に全面的に口語化されました。
 口語化された民法4条は、「年齢二十歳をもって、成年とする」としていますが、これは以前「満二十年ヲ以テ成年トス」という文語体を改めたものです。
 が「以テ」を「もって」と改めても、文語体、つまり漢文体の名残りが色濃く残っています。
 法律の文章には、このようなことが山ほど有ります。

 口語化される前の民法は、その第1条で次のような規定を置いていました。
「①私権ハ公共ノ福祉ニ遵フ
 ②権利ノ行使及ヒ義務ノ履行ハ信義ニ従ヒ誠実ニ之ヲ為スコトヲ要ス
 ③権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」
 これらは、口語化されて、次のように改められました。
「 私権は、公共の福祉に適合しなければならない。
 ②権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。
 ③権利の濫用は、これを許さない。」

 第3項は、「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」を「権利の濫用は、これを許さない」としたばかりで、「之(これ)」という漢文調を引き摺っています。「権利の濫用は許されない」というのが最もシンプルな現代語の筈と思われますが・・・

4、余談
 このように我が国の文化の背骨に当たる部分には中国語、漢字、漢文の影響が大きく働いており、1842年阿片戦争・南京条約から1949年中華人民共和国の設立までの侮りの一世紀の意識からは、最早脱却するべきでしょう。

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