2015年5月14日木曜日

弁護士らしくない話し(其の4)

 黄金週間(注1)を利用して北関東を巡って参りました。
 北関東というのは、関西人にとっては、縁遠く、群馬、栃木、茨城の三県の違いが分かり難いところです。
 神戸空港から茨城空港までLCCスカイマーク(注2)の直行便が飛んでいるというので、日頃から一度訪れ度いと思っていたのを、漸く果たすことが出来ました。
 訪ねたところは、笠間稲荷、日動美術館(注3)、稲田御坊、足尾銅山、足利学校、益子、栃木、笠間陶炎祭、霞ヶ浦です。
 笠間稲荷は、伏見、豊川と三大稲荷社。
 日動美術館は、環境も、建物も、所蔵作品も目を見張るものがありました。
 稲田御坊は、親鸞が越後に流された後、京に戻る前に永く住み、「教行信証」を記した地。
 足尾銅山は、四国の別子と並ぶ銅生産地。現地では、鉱山跡が紹介されていますが、更にその奥の精錬所跡と周囲の禿山が極めて印象的でした。
 足利学校は、日田の咸宜園、備前の閑谷学校、水戸の弘道館と並び称されるようですが、秀逸でした。
 栃木(注4)は、栃木県で宇都宮、小山(おやま)(注5)に次ぐ第三の都市で、江戸時代には舟運による蔵の街で、「路傍の石」の山本有三の出身地。
 益子と笠間で陶器を見て回りましたが、前者では、民藝の三羽烏、濱田庄司の影響が強く、後者では、技術的な点はともかく百花繚乱の印象を強く受けました。

 とにもかくにも関東平野の広やかなことを実感し、日本の国は決して狭くはない、と今更乍らに実感しました。この関東平野の北部は丁度「麦秋」で、ウドンの本場!とされていたことには驚きました。



(注1) 黄金週間は、昭和二十年・三十年代の映画全盛期の言葉とか。
(注2) スカイマークは、自らはMiddleCCとの由。
(注3) 日動画廊の長谷川氏が開設。
(注4) 栃木県の県庁所在地は宇都宮ながら、栃木市も古い街並。
(注5) 1600年の小山評定・会議で山内一豊外が徳川家康の側につき、石田光成との関ヶ原の合戦に及んだことで有名。依って、小山市は、開運の街を売り物に。

2015年4月28日火曜日

弁護士らしくない話し(其の3)

 四月も過ぎ去りつつあります。
 今年の四月は、歴史的な日照不足であったとか。
 日照不足の一方で、例年より一週間程度は早い桜の開花でもあったとのこと。
 弥生、三月、桜花、爛漫・・・「さくら さくら 弥生の空は・・・」との名曲、名歌・・・
「弥生」三月は、旧暦、つまり、明治改暦(注)以前の太陰太陽暦に拠った呼び名。アバウトな話しでは、太陽暦(グレゴリオ暦)とは凡そ四十日程度遅くズレていると言われたりしています。
冲方 丁(うぶかた とう)の「天地明察(2009年)」という小説が以前ヒットしましたが、これは太陰太陽暦での暦の修整ということが結構な作業であったという話しでした。
「さくら さくら 弥生の空は 見渡す限り 霞か雲か 匂いぞ出ずる・・・」は二番の歌詞でした。
一番は「さくら さくら 野山も里も 見渡す限り 霞か雲か 朝日に匂う」です。

(注) 旧暦・明治5年12月3日を以て、新暦・明治6年1月1日に改めるということを、明治政府はやってのけました。

弁護士らしくない話し(其の2)


 日本の西の端っこに行ってきました。
 与那国島(よなぐにじま)です。地元の言葉では、「どなん」と言うようです。
 関空から石垣島まで2時間50分、そこで琉球航空のプロペラ機で更に35分。
 経度では東経124度です。15度で1時間の時差ですから、標準時よりも実際は44分間遅い勘定となります。朝は7時半ころに漸く明けます。
 本土も寒波襲来の頃合でしたが、現地の気象予報では、摂氏1214度で、水が冷たく感じるでしょう、と報じられていました。
 現地で目を引くのは、最近では、謎の海底遺跡というものがありますが、何と言っても、日本の最西端、東の石垣島よりも西の台湾の方が近いという位置。
 日本古来の馬という与那国馬が逞しく生きており、我が国最大のヨナグニサン(与那国蚕)、現地名アヤミハビル(綾のある蝶の意)が生息し、これが一世を風靡した怪獣モスラのモデル。 

2015年4月8日水曜日

弁護士らしい話し(其の2)

 昨今、南西諸島を時折り訪ねています。

 二月には、我が国の最西端の与那国島へ行って、自然の外は何も無い中で、トマ・ピケティの「21世紀の資本」全七百頁を読破しました。
 彼は、最近二百年間の主として税金関係の資料に基づいて、資本について、資産(元手)と所得(労働)との関係性を調べ、富は偏在するもの、つまり貧富の格差は拡大する傾向を常に備えていることを論証しています。
 私達、特に団塊の世代が信じて来ていた能力主義、原則としての平等、努力次第で差異、つまり努力すれば報われる、という社会の有り様は、20世紀前半の二度に亘る大戦の後の半世紀間程の、むしろ例外的な事象であった、と衝撃的な分析をしています。

 三月には、鹿児島の南端、沖縄のすぐ北の与論島へ行き、正月に次いで、今年二度目のハーフマラソンを走りました。ハーフマラソンに参加する前後に奄美大島の弁護士と共に無料法律相談会を開きました。五十歳台、六十歳台、七十歳台の方々の相談に応じて来ました。
 人は、それぞれに居場所を求めて生活を営んでいます。人は、それぞれに楽しみと悩みとをないまぜに日々の生活を送っています。
 与論島には、町役場と派出所はありますが、裁判所も法務局もありません。
 法治国家の筈ですが、その法治の余慶は、この国では未だ未だ偏在しているようです。

 それでも、ハーフマラソンを走り、また、少しは人の為にはなったか、と思っています。

2015年3月12日木曜日

弁護士らしくない(!)話し

 最近では、弁護士の仕事は社会生活上の医師のような仕事というように表現されることがあります。
 社会生活上の問題を病気にたとえているもので、分かりやすいたとえかも知れません。
 これを治すのには、どうするか?医師の場合は、血液検査などの各種の検査やX線写真、CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像診断)など、手法は多様です。一方、弁護士の場合には、手形金の取立というようなケースを除いては、ともかく関係した人の体験、その人の口から過去の事実を的確に聞き出すという手法がその殆どを占めています。

 最近では、NHKテレビのドクターGというような医師の場合も問診の重要さを再認識させてくれる番組もあり、私もファンですが、弁護士の場合は、この点、問診が大切と言うにとどまらず、事情聴取が全てと言っても良い状態です。

弁護士らしい(?)話し

「士」と付く仕事と「師」と付く仕事があります。弁護士・税理士と医師・看護師というのが典型です。
 社会科学的な仕事と自然科学的な仕事という仕分けもできそうです。
 前者には、公認会計士、司法書士、土地家屋調査士、行政書士、社会保険労務士、不動産鑑定士・・・と多種多様です。
 これらは、勿論、弁護士も含めて、何れも根拠となる法律があります。

 が、これらに似せたものとして、法律に根拠のないもの、民間の認定機関なるものが、独自に設けているものがあったりします。これにも「士」が使われていたり、カタカナ名称であったりもします。